奥嵯峨(祇王寺:落柿舎)の秋   12/3
往生院は法然上人の門弟良鎮によって創られたと伝えられ、広い地域をしめていたが、
いつの間にか荒廃して、ささやかな尼寺として残り、後に祇王寺と呼ばれるようになった。